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7歳おめでとう [1人目育児(7歳)]

先月、お嬢が7歳になった。すっかり背も大きくなって、小学生らしさも板についてきたお嬢。確か誕生日お祝いもちゃんとやったんだけどイマイチ私の記憶が薄いのは、その直前の手足口病のインパクトがあまりにも強かったせいか。。。誕生日当日は平日なので、その直前の日曜日にお祝いしたのだった。プレゼントは一輪車がいいというので、トイザらスに買いに行った。その後は帰宅してから恒例のケーキ作り。飾り付けはほとんど子どもたちにお任せ。夕食はいつも通りパパが作ってくれた。夜にはグランマから図鑑のプレゼントが届き、誕生日当日にはもう片方の祖母から洋服他のプレゼントが届き、お嬢は大喜び。その数日前には学童でもお祝いしてもらって手作りの誕生日カードももらってきた。学童でもケーキを食べたとか!

すっかり成長して「児童」になり、字をとても丁寧に書き、習い事も頑張り、お風呂洗いや上履き洗いなどのお手伝いもやってくれるお嬢。まだまだしょっちゅうやるべきことをやらなかったりしてママに怒られることも多々あるけれど、7年10ヶ月前にはまだ5mmの大きさのあなたの中に、点にみえた心臓が超音波の画像でパクパク動いていたのを見たときの感動は忘れらないし、そしてその心臓が7年10ヶ月間動き続けて体は1200mmの大きさにまで無事成長してくれたことには本当に感謝している。日頃は忘れがちだけど、ひとつの生命が生まれた大切な大切な日なんだよね。

そもそも7〜8月という季節はいのちにまつわる話題が多い。お盆とはご先祖様の霊が戻ってくるとのこと。昔からお盆という行事をちゃんとやらない家に育ったので、私の祖母宅にあったナスやらキュウリやらに楊枝や割り箸をさしたお供えをかすかに覚えている程度のことしか知らないので、残念ながら自分の子どもにお盆のなんたるやを伝えることはできない。だけどご先祖様あっての私たち、という考え方は、若い頃には「そんな顔も知らない人」と反発していたが、子どもを産んでからはわかるようになった。ずっとずっと綿々と母が子を産みその子がまた子を産み、と続けてきたから母がいて私がいる。そして私が産んだ子はきっといつか母になって子どもを産んでくれるだろう。命を受け継いだこと、そして次世代に託しつつあることを本当にうれしく思えるようになり、お盆という風習の詳細はわからないけれど、趣旨だけでも子どもに伝えられるといいなあと思う。

そして8月には原爆の日が2日、そして終戦記念日もある。命について考えずにはいられない。戦争で犠牲になった子どもをもつ親の気持ちはどんなだっただろうか。そういえば私は行かなかったけれど今回のアメリカ旅行では家族は米軍のヘリの模型などを博物館で見てきたようである。子ども達はカッコイイ、としか思っていないだろう。だけどのヘリが何をするもので、戦争とはどういう結果をもたらすかなど、まだまだ子どもにちゃんとは説明できないけれど、少しずつ考えを伝えていきたいと思う。時々新聞で見る、2年半経った震災から立ち直ろうとする方、とりわけ同じくらいの年の子を持つ親御さんの記事もまた命について考えさせてくれる。

それと季節とは関係なく、先日昔から病気一つしない丈夫な母の病院の検査結果が芳しくなかったと聞いてちょっとドキッとしている。最近は年をとったせいかやたらとよく風邪をひき、胃腸の調子も絶好調にはなったことがないらしい。要検査を何度も繰り返しているらしく、そういえば母も後期高齢者、見かけは若いけれどもう相当な高齢なんだとあらためて実感する。その母に先日桐の箱に入った着物を見せてもらった。そもそも私が着た七五三(7歳)の着物を7歳になったお嬢に着せようと思ったからである。桐の箱にはその7歳の時に着た着物以外にも10着以上の着物が入っていた。着物の手入れやたたみ方、虫干しの仕方も知らず、着付けもできない私は、母がいなくなったらこれらをどうすればいいんだろうとちょっと途方に暮れた気持ちになった。母が元気なうちに受け継げるものを受け継いでおかなければと実感した。

命といえば先日あれほど元気だったドジョウのうちの1匹が死んだ。前日まで元気で餌もよく食べていたのに、ある日帰宅したら口を水面から少し出して縦になって動かなくなっていた。もう一匹は元気なので病気は考えにくく、おそらく水槽の水が高温になって死んだのではと思っている。なにしろこのところの猛暑は記録的だ。四万十のアユも減っているそうだ。気温が40度超えるのだから、水温だって相当上がっているのだろう。ドジョウはお嬢と一緒に庭の土に埋めることにした。庭は猫の額よりも狭く、しかも玉砂利を敷いているので埋めるところはほとんどなく、仕方なく玄関の近くのなけなしの土に埋めた。お嬢が手際よく作った牛乳パックの墓碑を置いて手を合わせた。玄関にお墓もなんだなあと思っていたけれど、むしろ毎日目につくので忘れなくていいかもと思った。

やはり夏休みになって少しだけ日常の忙しさが緩んだのだろう。こんなふうに少しだけだけどじっくりと命について考えたりすることができてよかった。親がいつかきっと自分よりも先立つことはわかってはいても、やはり考えたくないので逃げてしまう。だけど、子どもができたことでそれは順番なんだと思うと、そして子どもが受け継いでいってくれると思うと、それほど辛くは感じない。本当に子どもが生まれるってすごいことなんだなあとあらためて思う。お嬢もこのまますくすく育って将来私と同じように子どもを産んで、命をつないでいってくれるとうれしいなと思う。
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初夏休み! [小学校]

お嬢にとっては生まれて初めての長い夏休みが始まった。今まで保育園の時は親が休める、長くても1週間だったお休みが一気に1ヵ月半になる。もちろん親も一緒に長い夏休みになるわけではないので、小学校のお休み中は学童に毎日朝から通うことになる。そして親にとっては恐怖の毎日弁当作りの日々が始まる。保育園では当たり前だった給食のありがたみを今さらながら実感する。

幸い、お嬢の通う学童には週に2回だけだけれども、お弁当をNPO法人に事前に注文できるシステムがある。さらにレトルト持参日というのも週に1回あるので、実質週に2回お弁当を作ればよいということになる。先輩学童ママさん方の知恵と努力の結晶、ありがたや。ただし突然の申込みやキャンセルはできないのが、贅沢かもしれないけれど、たまにキズかな。

そうはいっても夏休みの6週間毎日学童に通うのも芸がない(?)ので、途中1週間は家族旅行、2週間は1週間ずつ各実家へ送り込むことを目論んだ。そうすれば学童(=お弁当づくり)は3週間で済む。ところが実家はお預けに少々難色。いくら孫とはいえやっぱり子どもの世話って大変だものね。周囲ではしばしばおばあちゃん宅に1~2週間預けた、なんて話を聞くので気安く考えていたが、受け入れる方にも自分の生活ってものがある。結果的には土日を含めて合計8日間のみ双方の実家に預かってもらうことになった。

夏休み最初の1週間は、小学校の水泳教室と学習指導と学童と習い事と、結構忙しかった。さらに朝は6時半からラジオ体操。ラジオ体操はまだ一人で行けないので親の付き添いが必要で、パパも私もこれが大変つらかった。次の1週間は家族でアメリカ旅行。旅行後、2日間学童に通ったあとまずは私の実家へお嬢を送り込む。2泊は一人でお泊り、1泊はママ、パパ、坊や、従妹も合流。最後の1泊はお嬢と従妹のみ。お嬢と同い年の従妹は本当は彼女のパパ(私の兄)も一緒に泊るはずが、予定変更で泊らず、私とパパと祖母が面倒をみることに。。。これがいたずらが激しいわ言うことは聞かないわで大変だった。最後の1泊はさぞかし大変だったであろう。。。

また2日間学童に通った後、今度は夫の実家へ。あちらは従兄弟がいないので祖父母VSお嬢1人なら楽勝(?)であろう。初日は家の近くの駅まで迎えにきてもらい、そのまま美術館に連れて行ってくれるそうな。ありがたや。最初の1泊は1人で、残りの2泊はパパ、ママ、坊やの3人が合流する。

最後の2週間は、小学校の水泳教室や学習指導と学童、習い事と最初の1週間とほぼ同じ。ラジオ体操がないのはありがたいけれど、そのかわり習い事の振り替えがたくさんあって忙しい。ダブルヘッダーの日もあるほど。さらに夏休みの宿題もやらせなくてはならない。小学生の夏休みとはかくも忙しいものだったかしら。もうちょっとのんびりじっくり自分のやりたいことを考えて実行する時間が必要ではないかしら。。。与えられたものをこなすだけで精一杯だと頭を使わないので、脳の発達によくない気がする。まあその点、学童ではお勉強タイム以外は基本的に好きな遊びをするので、まりつきやらバトンやら一輪車やら工作やらやりたいことを存分やってくれているらしい。

クラスで仲のよいお友達ができて小学校が大好きなお嬢は夏休み開始直後は、「早く夏休み終わらないかなー。」と言ってたけれど、普段学校に行っていたらできない体験をいろいろ経験して、夏休みが終わった頃には後から振りかえっても楽しかったと思える夏休みになっているといいね。あ、お弁当だけは早く終わってほしいけどね。。。
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親子で手足口病 [病気]

この夏は2011年に次ぐ手足口病の流行なんだそうだ。患者の9割が乳幼児だというが、流行に敏感な(?)私はどうやら残り1割に入ってしまったようだ。割合は低いとはいえ、「大人 手足口病」と検索すると結構な数の闘病記録が出てくるので、大人だって普通にかかるようだ。ちなみにこれらの記録はとても参考になった。私の経験も誰かの参考になるかなと思い記録しておく。

7/11(木) 朝から坊や発熱38.5度くらい ダイアップ入れる 鼻水などの症状はなし 保育園はお休み
7/12(金) 朝には坊や平熱になるが、保育園はお休み グランマに来てもらう
7/13(土) 役員会、保護者会、父母会に連れていく 夜にはぐったり 坊やのひざに水胞?
7/14(日) 皆元気 池袋にパスポート取りに行く、その後後楽園で買い物、電車で帰宅、カップケーキを作る

7/15(月・祝) 発病1日目
坊やが元気そうだったので朝電話して、午後母と新宿で待ち合わせ。しかしその後だんだん寒気がしてきたのでキャンセル。子どもたちを勝手に室内で遊ばせて、私は昼寝。夜は3時間程度仕事したら39.7℃まで発熱。

7/16(火) 発病2日目
熱が下がらないので会社休み。喉が痛くてパンが食べにくい。内科で手足口病と診断され、ロキソニンを処方してもらう。数日で治るよといわれちょっとほっとした。お昼は弁当。野菜ジュースがしみる。午後3時間程度昼寝。夕方には平熱に下がる。手の発疹が増える。お迎えはパパにしてもらい、夕食は休みながら作る。坊やをお風呂に入れる(お嬢は一人で入ってもらう)。昼寝のせいか、夜は眠りが浅かった。

7/17(水) 発病3日目
熱は上がらず。手の発疹、水疱が増える。ぴりぴり痛い。足には水疱はないが歩くとちょっとぴりぴり痛い。会社の打ち合わせがあるのでどうしても休めず出社。午後になり、手の水疱が増え、しかも真っ赤になり、手全体が赤く腫れ上がったようになってしまった。夕方には足の裏のかかと付近にも水疱が出現。歩くのもやっと。水疱は少しむず痒く、ピリピリ痛むし、扉をあけたりカップを持ったりといったちょっと力を入れる作業すら気合がいる。救いなのは、普段から手湿疹でひび割れなどしょっちゅうなので、それほどは痛くないということ。でも不快には違いないので早く治ってほしいが、ネットで大人の手足口病の経過を検索すると4日目がかゆみ、痛みのピークらしく、5日目にようやく少し楽になるとのこと。とほほ、明日はもっとヘビーなんだわ。。。でも仕事も休めないし。誰か、たすけてー(パパは仕事で不在)

7/18(木) 発病4日目
熱はないが、昨夜は4時過ぎに寒くて目が覚めて、その後全く眠れず。足がむず痒くて不快でぐっすり眠れないようだ。かかとにも水疱があるので足の裏をどうやって向けても痛い。うつぶせは嫌いなのでよけいつらいし。そのかわり行きの電車では座って熟睡した。顔や口のまわり、鼻にも発疹。足は昨日のピリピリが、ビリビリにかわる。かなり痛くて帰りはタクシーにした。家でも気合を入れないと歩けない。座りすぎて腰が痛いなー。喉はほとんど問題ないみたい。手は赤くグローブのように腫れ上がって少ししびれているけれど、かゆみは収まったかな。むしろ手湿疹のほうが強く指が伸ばせない。今日は足の番のようで、ともかく家の中でも歩けないし、立っているのもつらいので、家事は放棄。母を呼び寄せて家事をしてもらう。保育園と学童からタクシーで(私が)ピックアップした子どもたちをスーパーに連れて行って夕食を買ってきてもらう間に、仕事ができた幸せといったら!母には頭があがらない。今夜はぐっすり寝れるといいな。っていうか早く治ってほしい。本当に、つらいから。

7/19(金) 発病5日目
昨夜はよく眠れた。しかし、足はますます痛み、家の中ですら歩くのがやっと。これは仕事にはいけそうにないので会社は休むことに。手は赤い斑点でまだら。でも手の痛みはましになってきたような気がするが、足はピーク。すごく倦怠感があるので、洗濯以外は家でほとんど寝ていた。しかし18時には子どもたちを迎えにいかねばならない。とても歩けそうにないけれど、自転車なら意外とOKだった。夕食もなんとか作り、お風呂も泣いて嫌がる坊やをなんとか入れる。疲れた。でも明日は休み、ばんざーい!

7/20(土) 発病6日目
夜はよく寝たけれど、朝は頭痛がしたのでなかなか起きられず。でも手はほとんど痛みはなく、足もまだちょっと痛いけれどだいぶマシになっていた。なんとか朝食は食べて、お嬢をピアノに送り出す。いつもお迎えにいくけれど今日はパス。近くて助かった。その後は子どもたちををほったらかして寝る。お昼はパパが買ってきてくれた。片付け、洗濯をして、夕方から寝ようとするもなかなか寝付けず。お風呂も今日はパパがいれてくれて大助かり。手の赤い斑点は茶色くなってきて、どんどん表面の皮がぱりぱりむけ始める。ところどころひび割れて痛い。足はむしろ赤い斑点が目立ってきたところ。まあ、いずれもピークは超えたという感じ。

7/21(日) 発病7日目
痛みはほとんど無くなり、普通に歩けることに感謝。まだ疲労感はあったけれど、お嬢の誕生日プレゼントを買いに行ったり、選挙に行ったり、ケーキを焼いたりしてお祝いした。

7/22(月) 発病8日目
手の皮むけがすごい。バリバリと脱皮しているよう。しかし、脱皮後は普通の皮膚に見えて、普通の皮膚ではないようで、後で赤くなり、ピリピリ痛い。手がぼろぼろでまだらに赤くてとても人に見せられない。

7/23(火) 発病9日目
手の皮むけ続ける。むけた後は赤くしわしわ。亜鉛などをのんでみる。

8月に入り(旅行中)、足の裏の皮がベロベロ向け始める。手の方はだいぶ落ち着いたようで、人様に見せられるくらいにはなった。足の裏はまだ見せられない。

帰国後(8月第2週)、今度は手の指の爪の根元に隙間が!これが噂の(?)爪剥離らしい。痛くはないけど爪が取れるってちょっとキモチワルイ。爪自体が白っぽくなりさらに黄ばんでいる。もう死んでいるんだろう。

おそるべし、大人の手足口病。。。(もっとも私の場合は、実質、手足病だったが)
人間、手や足をいかに普段使っているか、そしてそれがどんなにありがたいことか、痛感した日々であった。

ちなみに坊やは手足口病だったと言えるかどうか??小児科に連れて行った時には発疹はなく、だけど手足口病が保育園で流行していると小児科の先生に言ったら、じゃあこのあと発疹が出たらそうかもね、でも薬ないから、と言われただけ。そしてその後の発疹も数少なかったので、坊やが手足口病だったかは永遠の謎。まあいずれにせよ、彼の症状は私に比べて大変軽く済んでよかった。

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