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祖母の形なき形見 [雑感]

先日お嬢に子ども用の辞書を買ったら、付録に百人一首のポスターがついていた。懐かしい感じがしてお嬢にいくつか読んであげたら喜んでくれたので、次々に読んだ。百人一首は棒読みでは風情が無い。五七五七七で抑揚をつけて唄うように読む方がしっくりくるなぁと思って読んでいると…ふと気づくと私の頭の中には昔祖母が読んでくれた百人一首の声が聞こえてきた。そうだ、お正月冬休みに祖母とよく百人一首やったっけ!祖母がいつも札を読んでくれたんだった。

百人一首をやったのはきっと私が小学生か中学生くらいの頃だったろう。今から30年以上も昔の話だ。祖母が亡くなったのは7年前。こんな風に祖母の声が30年以上もたってから突然よみがえってくるなんて思ってもみなかった。不思議さと懐かしさの気持ちで一杯になり、祖母にもう一度だけ会えたらどんなにいいだろうと思った。と同時に他にも祖母と過ごした時間や妊娠中で祖母のお葬式に出られなかったことを思い出して、少し涙が溢れてきた。

私の母方の祖母は、母が幼少の時に亡くなったので、私にとっての祖母と言えば事実上父方の祖母のみである。祖父達よりも長生きしてくれたので、同居していたわけではないが、一緒に過ごした記憶は結構ある。特に祖母が転んで肩の怪我をした時には、父が祖母を家に引き取ってしばらく面倒を見た(実際には母が世話をした)ので、一緒に過ごした時間が結構あった。祖母は家事もせず暇だったのだろう、祖母の家に遊びに行った時よりも私の相手をしてくれた。百人一首を読んでくれたのもきっとその時だったのだろうと思う。詩吟や大正琴を習っていた祖母は朗々と読み上げてくれた。

話は飛ぶが、父方の祖父は私が幼稚園の時に亡くなった。だから記憶はほとんどないけれど、優しくて膝に乗せてもらったこと、字が上手で筆でお手玉に名前を書いてくれたこととその文字の形はよく覚えている。もうそのお手玉もどこかへ行ってしまったけれど、あれがお爺ちゃんの形見で、色や形や手触りは私の頭の中に焼き付いている。母方の祖父は私が高1の時に亡くなった。いつもニコニコしてたけれどくしゃみが大きいお爺ちゃんは時折年に数日間泊まりに来るくらいだったし、口数も少なかったし、晩年は歯が無くなって発声が聞き取れなかったので、なにか一緒にした記憶はほとんどない。でも小学校入学祝いに買ってくれた赤い自動鉛筆削りは大事に使って、今はお嬢が使っている大切な置き土産だ。あとは亡くなった後に形見分けでドイツ語辞書をもらっている。

祖母はというと、そういえば形見らしきモノは無い。それでも一緒に過ごした記憶はたくさんあったし、日々の生活に追われて忙しく過ごしていたので特に気にはならなかった。それがお嬢のおかげで、形はないけれど形見と呼べるようなものを祖母が私に残してくれていたことに気がついた。百人一首の唄とはなんとも素敵な贈り物だ。きっとこれからはどこでも百人一首を見るたびに祖母のことを思い出せるはずだ。

そして祖母が私に残してくれたように、私の母にもお嬢や坊やに物でない何かを残して欲しいと思う。モノより思い出、というCMが随分前にあったけれど、本当にまさしくそう思う。物はいつか無くなってしまうけれど、思い出や記憶はいったん忘れてもふと何かの拍子で鮮やかによみがえる。それはある意味、形見よりもずっと生々しく強烈であり、感動的ですらある。

おばあちゃん、素敵なすばらしいプレゼントをくれてたんだね。ありがとう。私はそのプレゼントをお嬢や坊や、そして将来その子ども達にあげられるといいな。
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